和食に欠かせない「出汁(だし)」。味噌汁、煮物、炊き込みご飯──日本料理の味わいを根底から支えているのは、だしの力です。
今回開催したワークショップでは、スープ作家の有賀薫さんを講師に迎え、かつおだしの飲み比べをはじめ、昆布の種類ごとの特徴や、家庭で実践できるだしの取り方をレクチャーいただきました。さらに、同じ昆布でも「水」が変わることで味にどのような違いが生まれるのかを体験するブラインドテストも実施。水道水とブリタの水、違いはあるのでしょうか?
出汁とは、食材のうまみが水や湯に溶け出して旨味や風味などが移ったもの。特に伝統的な日本料理においては、昆布やかつお節、煮干しなどの素材を水に浸けたり煮出したりすることで抽出した出汁が重要とされ、塩味や甘味などの味を引き立て、料理全体にふくよかな奥行きを与えます。
出汁のおいしさの正体は、科学的に解明されている「旨味」にあります。たとえば、よく料理に使われる昆布かつおだしの旨味成分はこの2つです。
- グルタミン酸 ── 昆布に多く含まれるアミノ酸系の旨味成分
- イノシン酸 ── かつお節に多く含まれる核酸系の旨味成分
注目すべきは、この2つの成分が組み合わさると、単体で味わうよりも旨味が飛躍的に強まること。これは「旨味の相乗効果」と呼ばれ、科学的にも実証されています。昆布だしだけ、かつおだしだけでは物足りなく感じても、合わせた瞬間にふわっと深い味わいが生まれるのは、このメカニズムのおかげです。
ワークショップのスタートはかつおだしの飲み比べ。まずは、かつお節の違いを教えていただきました。実はスーパーで見かける削り節にも種類があるんです。今回用意したかつお節は全部で4つ。
- 荒節(あらぶし)普段使いの万能選手
かつおを煮て燻製にした、最も一般的なかつお節です。パッケージ裏の原材料名には「かつおのふし」などと記載されています。しっかりとした旨味があり、味噌汁や煮物など日常の料理に幅広く使えます。 - 本枯れ節(ほんかれぶし) 香り高い最高峰
荒節にさらにカビ付けの工程を繰り返し、数ヶ月以上かけて熟成させたものです。原材料名には「かつおのかれぶし」などと表記されます。雑味が抜け、透き通った琥珀色のだしが取れるのが特徴で、香りの上品さは格別。お吸い物や茶碗蒸しなど、だしの風味をダイレクトに味わう料理に最適です。 - ミックスだし ── 旨味を重ねる力強さ
かつお節にサバやアジなどの節をブレンドしたものです。原材料はブレンドによりますが、かつおのほか、さば、宗田がつお、むろあじなどが代表的なものです かつお単体の上品な香りとは異なり、複数の旨味成分が重なることでより力強い味わいになります。蕎麦屋の「かえし」や、味の濃い煮物など、しっかりとした旨味が求められる場面で活躍します。
! 見分けのポイント!
迷ったらパッケージ裏の原材料名を確認。「かつおのふし」なら荒節、「かつおのかれぶし」などと表記されていれば本枯れ節です。この見分け方を知っているだけで、料理に合わせた選び方がぐっと上手になります。
種類の説明を聞いた後は、いよいよ飲み比べです。実際に飲み比べてみると、参加者からは「全然違う!」「こっちは色が濃い」「上品な味ですね」と違いに関する感想が次々と飛び交いました。だしの飲み比べは繊細でなかなか味の違いが判らない場合もありますが、そんな時は、塩をひとつまみ入れると、わかりやすくなります。
知識として学ぶだけでなく、味覚で違いを体験できたことが大きな学びにつながったようです。
今回のワークショップで有賀さんが語った印象的な言葉があります。
「かつお節は表面積が大きいので、お湯に入れて1分くらいで完全にだしが出ます。西洋料理のスープのように長時間煮込む必要がない、究極のインスタント食品とも言えるんです。」
出汁をとるのってちょっと手間…なんて思っていましたが、実はインスタント食品だったなんて、一気にハードルが下がった気がしますね。
日本で流通している昆布の大部分は北海道で生産されています。しかし、同じ「北海道産」でも、採れるエリアによって種類も味わいもまったく異なることは、意外と知られていません。ワークショップでは代表的な4種類の昆布について教えていただきました。
- 真昆布(まこんぶ)── 道南の王道
北海道の道南エリアで採れる、幅が広く肉厚な昆布です。上品でありながらしっかりとした旨味のある、バランスの良いだしが取れます。「迷ったら真昆布」と言えるほど万能で、お吸い物から煮物まで幅広い料理に対応します。 - 羅臼昆布(らうすこんぶ)── 知床の濃厚派
道東・知床エリアの羅臼で採れる昆布。だしの色がやや黄色がかっているのが特徴で、味わいは濃厚でしっかりしています。おでんや煮物など、だしの味をがっつり効かせたい料理に最適。「昆布の王様」と呼ばれることもある、力強い存在です。 - 利尻昆布(りしりこんぶ)── 料亭が愛する澄んだ一番だし
道北エリア産。非常に澄んだ、スッキリとしただしが取れることで知られ、京都の料亭をはじめとする高級和食店で長年愛用されてきました。椀物など、だしの透明感と繊細な味わいを活かしたい場面で真価を発揮します。 - 日高昆布 ── スーパーでおなじみ、普段使いの味方
スーパーで最も目にする機会が多い昆布です。最大の特徴は火の通りが早いこと。だしを取るだけでなく、そのまま煮て食べる料理、たとえばおでんの結び昆布や佃煮などにも向いています。手軽さと食べやすさで、日常の食卓に最も寄り添ってくれる昆布です。
今回のワークショップで特に盛り上がったのが、水道水とブリタの水で取った昆布だしの飲み比べでした。使用したのは同じ昆布。違うのは水だけです。
ブリタの水でとっただしは、色もクリアですっきりした味わい。それでいてしっかり昆布のだしも出ています。
参加者からは、
「こっちの方が色がきれい」「香りが強い気がする」「こっちの方が雑味がない」
と違いに関する声があがりました。実際の味比べでは、どちらがどちらの水か?の回答はみなさんそれぞれでしたが、確かに味の違いは感じることができ、水もだしづくりの大切な要素であることを体感する機会となりました。
出汁の取り方を学ぶ、昆布の種類にこだわる、どちらも大切ですが、今日からすぐにできる改善があるとすれば、それは「水を変えること」かもしれません。出汁を取るときはもちろん、お米を炊く水、お茶やコーヒーを淹れる水にも。素材の味をまっすぐ引き出したいすべての場面で、その違いを感じられるはずです。水という最も身近な要素を見直すことが、実は料理の味を大きく変える近道なのかもしれません。
そしていよいよ実践編。有賀さんによる基本となる合わせだしの取り方がデモンストレーションで行われました。
- 昆布を水に浸ける
鍋に水を入れ、昆布をしばらく浸けておきます。時間に余裕があれば30分〜1時間ほど浸けると、旨味がより引き出されやすくなります。 - 弱火でゆっくり加熱する
昆布を浸けた鍋をそのまま弱火にかけ、コトコトとゆっくり温めていきます。ここで強火にしてしまうと、昆布のぬめりやエグ味が出てしまうので注意。じっくりと旨味を引き出すのがポイントです。 - 沸騰直前で昆布を引き上げる
鍋の底から小さな泡がふつふつと上がり、沸騰する直前のタイミングで昆布を取り出します。沸騰させてしまうと昆布の雑味が出るため、このタイミングの見極めが大切です。 - かつお節を入れて1分煮出す
火を少し強め、温度が80〜90℃くらいになったら、かつお節を一気にたっぷりと投入します。そのまま約1分間煮出します。かつお節は表面積が大きいため、短時間で十分に旨味が抽出されます。 - 静かにこす
かつお節が鍋底に沈んできたら、ザルにペーパータオルやさらし布を敷き、静かにこします。
!ポイント!
ここで強く絞らないこと。絞ると雑味やえぐみが出てしまい、せっかくの澄んだ美しいだしが濁ってしまいます。自然に落ちるのを待つのが、綺麗なおだしを取る最大のコツです。
こうして取った「一番だし」は、香りが重視されただし。お吸い物などに使います。黄金色に澄み、ふわっと豊かな香りが立ちのぼります。この一杯に、昆布のグルタミン酸とかつお節のイノシン酸が溶け合った旨味の相乗効果が凝縮されているのです。
ちなみに、「二番だし」と呼ばれる、旨味を重視するだしの場合は、昆布とかつお節を水から中火~中弱火で10分ほど煮出し、しっかり味が出たところでぎゅっと絞ってしまいます。こちらは煮物や味噌汁などにぴったりです。
ワークショップでは、取りたての出汁を使って3品の料理を実際に仕上げました。どれも出汁の味わいが主役になるシンプルなレシピです。
- 鶏つくねとパプリカのお吸い物
- ナスとおくらの揚げ浸し
- 出汁巻き玉子
- 桜えびとアスパラの炊き込みご飯
と、季節のお野菜を楽しむ献立となりました。
さらに万能調味液として紹介されたのが「八方だし」
「八方だし」とは、だし・みりん・醤油を「8:1:1」の割合で合わせた万能つゆのこと。「八方」には「あらゆる方向に使える」という意味が込められており、その名の通り、煮物、炊き込みご飯、揚げ出し豆腐、おひたしなどどんな和食にも応用できる便利な合わせ調味料です。今回はナスとオクラの揚げびたしに活用しました。
今回のワークショップを通じて見えてきたのは、出汁は決して「難しいもの」ではないということ。
- かつお節はお湯に入れてたった1分で旨味が出る
- 昆布は水に浸けて弱火で温めるだけ
- そして、水を変えるだけで、出汁の味は驚くほどクリアになる
今回のワークショップは、出汁の基礎知識を学ぶだけでなく、実際に味わい、比較し、料理へ活かす楽しさを体験できる機会となりました。
日々の料理の中でも、ぜひ昆布やかつお節、水の違いに目を向けながら、自分好みの出汁を見つけてみてはいかがでしょうか。
レシピ提供:有賀 薫 スープ作家
約10年間3500日以上、毎朝作り続けたスープを土台に、シンプルで作りやすいスープのレシピと暮らしの考え方を各種メディアで発信中。雑誌・ウェブメディアの連載多数。著書に『スープ・レッスン1.2』(プレジデント社)、『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス・2020年レシピ本大賞入賞)、『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)など。2025年「スープが作れたら、自炊は半分できたようなもの」